三島スカイウォークと江川邸、韮山反射炉へドライブ(2) 江川邸と本立寺 1月5日 - Studio YAMAKO

2016年1月21日

三島スカイウォークと江川邸、韮山反射炉へドライブ(2) 江川邸と本立寺 1月5日

次の目的地である江川邸にカーナビをセットした。それほど遠い距離ではなく、むしろ韮山反射炉へ行く通り道から少し入ったところにある。
 江川邸の駐車場に到着。入口でいただいたパンフレットによると、以前は宇野姓を名乗っていた江川家は、清和源氏の流れをくみここ韮山に定住していた。源頼朝の平家に対する挙兵(1180年)に応じて参戦し、江川庄を賜ったという。その後、鎌倉時代、室町時代と伊豆の豪族として地盤を固め、15世紀中ごろに狩野川の支流の名にちなんで性を江川と改めたそうだ。要するに江川家は伊豆の豪族である。
 北条氏の伊豆進出(1493年)に当っては土地を提供して韮山城を築城させた。北条氏の家臣となった江川家は、その後徳川家康に仕え、28代江川英長は幕府の直轄地となったこの地を代官として統治するようになった。以後明治維新にいたるまで江戸時代のほぼ全期間を通じて代々徳川幕府の代官を世襲した。特に幕末の36代英龍は文化人、開明思想家、革新的技術者として有名であったのだ。通称は太郎左衛門(たろうざえもん)、号は坦庵(たんあん)で知られている。

高さ12mあまりの大屋根を支える豪壮な架構の主屋(552㎡)を持つ江川家住宅は、重要文化財に指定されている。
 受付を入る。門をくぐり正面に玄関があるが、ボランティアの方が数名の見学者グループに説明をされていた。入り口は土間からになっている。江川邸の屋敷と庭を見学し、裏門から外へ出た。裏門から外を見ると真正面に富士山が見えた。
徒歩5分くらいのところに江川家の菩提寺である本立寺があると聞いたので、行って見ることにする。観光客の姿はなく、静かだった。蝋梅の花が満開だった。

14.江川邸の佇まい
駐車場に車を停めて、江川邸の入り口に向かった。駐車場からは江川邸を眺めながら入口へ向かうが、その落ち着いた佇まいは美しかった。

Nikon D5300 AF-S DX NIKKOR 18-140mm f/3.5-5.6G ED VR
絞り優先オートで撮影  ( f6.3 1/400秒 45mm ISO200 ) 露出補正 なし
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15.江川邸受付
受付で入場料をお支払する。入場料はひとり500円だが、前のご夫婦と受付の方との話を聞いていると、JAFの会員であればひとり100円割引になるという。JAFカードは車の中だ。走って車まで取りに戻った。

Nikon D5300 AF-S DX NIKKOR 18-140mm f/3.5-5.6G ED VR
絞り優先オートで撮影  ( f6.3 1/250秒 34mm ISO720 ) 露出補正 なし
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16.表門
元禄9年(1696年)に建築され、文政6年(1823年)に一度補修されているそうだ。三間一戸の薬医門だ。この写真の右側に枡形と呼ばれる広場があった。江川邸の場合、代官が外出する際人数をそろえるのに使われていたと説明されていた。平成12年に屋根の葺き替えと部分修理が行われている。

Nikon D5300 AF-S DX NIKKOR 18-140mm f/3.5-5.6G ED VR
絞り優先オートで撮影  ( f6.3 1/250秒 26mm ISO220 ) 露出補正 なし
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17.センダン(栴檀)の実
その枡形の奥に大きなセンダンの木があり、可愛い実を付けていた。「栴檀は双葉より芳し」の栴檀である。広辞苑によればこれは、「栴檀は発芽の頃から早くも香気があるように、大成する人は子供のころから並はずれて優れている。」ということ。

Nikon D5300 AF-S DX NIKKOR 18-140mm f/3.5-5.6G ED VR
絞り優先オートで撮影  ( f6.3 1/800秒 50mm ISO200 ) 露出補正 なし
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18.主屋の屋根
枡形と屋敷との間の黒塀越しに見る主屋の大屋根は立派だった。

Nikon D5300 AF-S DX NIKKOR 18-140mm f/3.5-5.6G ED VR
絞り優先オートで撮影  ( f6.3 1/400秒 50mm ISO200 ) 露出補正 なし
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19.土間
玄関を右に回り、土間から主屋の中に入った。広い。およそ50坪の広さだそうだ。北側中央にかまど、東側には生き柱と呼ばれる江川氏がこの地に移り住んできた時、生えていたケヤキの木をそのまま柱として利用したとされる柱があった。

Nikon D5300 AF-S DX NIKKOR 18-140mm f/3.5-5.6G ED VR
絞り優先オートで撮影  ( f6.3 1/100秒 35mm ISO6400 ) 露出補正 なし
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20.主屋の座敷 江川英龍とお台場、韮山反射炉
土間から靴を脱いで主屋の畳に上がった。そこには江川太郎左衛門英龍が立案、建設したお台場、韮山反射炉など様々な偉業に関する展示がなされていた。お台場と江川英龍との関係はここに来るまで知らなかった。嘉永6年(1853年)ペリーがやってきて武力を背景に日本に開国を迫った。当時対抗できる武力を持たなかった日本は、急いで防御策を講じ必要に迫られ、東京湾に12の人工島(実際に完成したのは6)を築き、たくさんの大砲を備え付けることになった。これが台場であるが、その設計から完成までの総指揮に当ったのが江川英龍だったのだ。そしてその台場に備え付ける大砲を鋳造するために韮山反射炉が造られた。英龍が死去した後は息子の英敏があとを継ぎ、安政4年(1857年)に完成させている。

Nikon D5300 AF-S DX NIKKOR 18-140mm f/3.5-5.6G ED VR
絞り優先オートで撮影  ( f6.3 1/50秒 27mm ISO6400 ) 露出補正 なし
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21.江川英龍の絵
江川英龍は一方で多彩な余技を持つ文化人であり、数多くの書画、詩作、工芸品などが残されいる。下段に蝶の画がある。キタキチョウ、コミスジ、アオスジアゲハが描かれている。右下の蝶は種が判別できない。

Nikon D5300 AF-S DX NIKKOR 18-140mm f/3.5-5.6G ED VR
絞り優先オートで撮影  ( f6.3 1/60秒 18mm ISO6400 ) 露出補正 なし
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22.土間全景
各部屋に展示されていた資料の数々を見学したあと、再び土間に下りた。北側中央にある釜戸の手前右側の丸い柱が生き柱であろう。

Nikon D5300 AF-S DX NIKKOR 18-140mm f/3.5-5.6G ED VR
絞り優先オートで撮影  ( f6.3 1/125秒 23mm ISO6400 ) 露出補正 なし
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23.大屋根を支える架構
土間から見上げる、主屋の大屋根を支える架構は見事だ。天井板が張られていないため屋根裏の架構(小屋組み)をそのまま目にすることができる。現在銅板葺きとなっているが、当時は高さ約12mにもなる茅葺の屋根を支えてきた。

Nikon D5300 AF-S DX NIKKOR 18-140mm f/3.5-5.6G ED VR
絞り優先オートで撮影  ( f6.3 1/6秒 18mm ISO6400 ) 露出補正 なし
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24.パン租の碑
入ったところから主屋を出た。肥料蔵、南米蔵、北米蔵などがあり、出口(裏門)へ出る右側にパン租の碑が立っている。江川英龍は天保13年(1842年)ごろ、パン(今日の乾パンのような保存性の高いもの)を兵糧として用いようと考え、配下の者にパンの製造方法を学ばるとともに、自邸内にパン窯を築いて実際にパンを焼かせた。昭和28年、全国パン協会は英龍を「パン租」として顕彰しこの碑を建てた。碑文は徳富蘇峰による・・・とパンフレットに記されている。土間にパン焼き窯があった。

Nikon D5300 AF-S DX NIKKOR 18-140mm f/3.5-5.6G ED VR
絞り優先オートで撮影  ( f6.3 1/800秒 27mm ISO200 ) 露出補正 なし
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25.裏庭から主屋を見る
大きなトチノキがある。そのほかにも桜の木に楓と樫の木が宿った木もあった。春には桜の花が咲き、秋には紅葉が楽しめるというが、今は老木にしか見えなかった。主屋の屋根は大きい。

Nikon D5300 AF-S DX NIKKOR 18-140mm f/3.5-5.6G ED VR
絞り優先オートで撮影  ( f6.3 1/400秒 26mm ISO200 ) 露出補正 なし
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26.裏門
文政6年(1823年)建築だが、門扉はもっと古いものをそのまま使っている。裏門の真後ろからは富士山が見えた。昭和62年に修復されている。

Nikon D5300 AF-S DX NIKKOR 18-140mm f/3.5-5.6G ED VR
絞り優先オートで撮影  ( f6.3 1/250秒 23mm ISO220 ) 露出補正 なし
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27.裏門の門扉
その裏門の門扉であるが、所伝によれば天正18年(1590年)、豊臣秀吉の軍勢によって韮山城が包囲されたとき、砦のひとつだった江川邸(江川曲輪)も激しい攻撃を受けた。門扉はその当時のもので多数残る穴は鉄砲玉や鏃(やじり)の跡だとされている。

Nikon D5300 AF-S DX NIKKOR 18-140mm f/3.5-5.6G ED VR
絞り優先オートで撮影  ( f6.3 1/250秒 18mm ISO250 ) 露出補正 なし
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28.のどかな風景
江川邸を後にして、駐車場に戻り、車で江川家の菩提寺という本立寺へ行ってみた。これは本立寺付近の民家だが、手前に畑があって屋根の向こうには富士山が見え、のどかな光景である。

Nikon D5300 AF-S DX NIKKOR 18-140mm f/3.5-5.6G ED VR
絞り優先オートで撮影  ( f6.3 1/1600秒 52mm ISO200 ) 露出補正 なし
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29.本立寺山門
江川家16代当主の江川英親は流罪にされて伊東に居住していた日蓮上人を、1261年に数日間江川邸に招いたとされているが、wikipediaによれば、その1261年に日蓮は近郷を教化し、経塚を作るとある。本立寺は日蓮宗の本山(由緒寺院)で山号は大成山という。

Nikon D5300 AF-S DX NIKKOR 18-140mm f/3.5-5.6G ED VR
絞り優先オートで撮影  ( f6.3 1/250秒 45mm ISO250 ) 露出補正 なし
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30.本立寺本堂
のちの1506年(永正3年)、二十四代当主英盛が江川邸内にあった大乗庵を移し本立寺(日澄大堂)が建立されている。その後、大永5年(1525年) に 山崩れで崩壊、永禄元年(1558年) 再建、そして明治36年(1902年) -には本堂が焼失した。この本堂はその後に再建されたものであろう。

Nikon D5300 AF-S DX NIKKOR 18-140mm f/3.5-5.6G ED VR
絞り優先オートで撮影  ( f6.3 1/250秒 48mm ISO220 ) 露出補正 なし
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31.本立寺鐘楼
本堂の手前右側に鐘楼があった。本立寺の鐘楼には、鎌倉の東慶寺にあった梵鐘が吊されているという。なぜ、鎌倉東慶寺の梵鐘が本立寺にあるのだろうか。調べてみると、鎌倉手帳(社寺散策)というサイトに「梵鐘が鋳造された1332年(元徳4年・元弘2年)の翌年、鎌倉幕府が滅亡すると、覚海円成は子女を連れて伊豆韮山に移り住み、北条氏邸跡に円成寺を建立して北条氏の菩提を弔ったという。おそらく、そのときに東慶寺の梵鐘も伊豆韮山に運ばれ、江戸中期に円成寺が焼失した後、韮山の有力者で徳川幕府の代官だった江川氏の菩提所へ移されたものと考えられる。」という記述を見付けた。インターネットがなければこんなに簡単に調べたいことにたどり着けない。IT革命だ。

Nikon D5300 AF-S DX NIKKOR 18-140mm f/3.5-5.6G ED VR
絞り優先オートで撮影  ( f6.3 1/250秒 26mm ISO1400 ) 露出補正 なし
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32.ロウバイ(蝋梅)
境内には2、3本のロウバイの木があって、どれもきれいな花を咲かせていた。

Nikon D5300 AF-S DX NIKKOR 18-140mm f/3.5-5.6G ED VR
絞り優先オートで撮影  ( f6.3 1/640秒 70mm ISO1400 ) 露出補正 なし
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